大野城歳時記/12月の行事「冬至」
更新日:2019年11月19日
12月の行事「冬至」
一年中で最も昼が短くなる日を冬至といいます。二十四節気のひとつに数えられ、冬至から再び昼が長くなっていきます。そのため、「一陽来復(いちようらいふく)」「一陽佳節(いちようかせつ)」といって、独自の行事をしました。たとえば、南瓜(かぼちゃ)を食べるのもそのひとつです。南瓜を食べると魔よけになり、夏のわずらいをしなくなるなどの俗信もあります。昔は保存のきく南瓜は貴重な栄養源だったようです。また、柚子湯(ゆずゆ)に入ると病気をしないといわれています。節日に厄除けのため湯に入る風習は、五月五日の「菖蒲湯(しょうぶゆ)」と同じ考えでしょうか。柚子は今でもひび、あかぎれに効果があるといわれています。
筒井の井戸
大野城市では「冬至の日に筒井の井戸の水が湧き出なくなる」という言い伝えがあります。筒井の井戸は、見事な花崗岩の石枠で「筒井」という地名発祥の由来を物語る記念物として、昭和47年4月15日に福岡県有形民俗文化財に指定されました。
筒井の井戸
地名の起こり
筒井の井戸は筒井2丁目7番にあります。現在は飲み水としては使用されていませんが、筒井地区の共同井戸跡として、地域の人たちの手で大切に保存されてきました。そばには井戸を見守るかのように祀られた薬師如来(やくしにょらい)の祠(ほこら)もあります。
この井戸について貝原益軒(かいばらえきけん)(1630年から1714年)の『筑前国続風土記(ちくぜんのくにしょくふどき)』巻之九、御笠郡下の筒井村の項に「雑餉隈(ざっしょのくま)の南の方にある近辺の村です。村の中に筒井というきれいな水が地面から湧き出ている井戸があります。その井戸は木の筒で井戸枠が作られています。それで村の名も筒井というのです。井戸の水は澄んでいて冷たく、長期間雨が降らなくても、常に水が下から井戸枠の上に湧き上がっています。ただ、冬至の夜だけは湧き出てこないということです。」とあります。
この中では木の筒の井戸枠と書かれていますが、現在は石の筒です。どちらの井戸枠もいつ頃作られたのかわかりません。この種の井戸は全国で数ヶ所発見されていますが、大野城市の筒井の井戸は形、大きさ、美しさの点でも、優れたものであるといわれています。
発掘調査
昭和45年11月17日から3日間発掘調査が行われました。その結果、井戸枠は花崗岩を円形にくりぬいたものが二段に積まれていました。また、この井戸枠から70センチメートルほど離れたところに、洗い場と考えられる木枠が見つかりました。
この調査で、井戸枠に作られた年代が彫り込まれているのでは、という期待もありましたが、紀年銘(きねんめい)(年号を記した文字)の確認はできませんでした。
発掘調査の様子(昭和45年)
井戸の様子
第二次世界大戦(1939年から1945年)後しばらくの間までは、井戸のそばに直径50センチメートルほどのセンダンの木がありました。夏は涼しく子どもたちもこの井戸の周りで、溝の中の小さな魚をすくったり、石枠に生えている苔を集めたりして遊んでいたそうです。この井戸は石枠の上に水があふれていたので、使用する時には直接バケツなどを入れて水を汲んでいました。水質が良くお茶の味を良くするので、遠くからも水を汲みに来る人がいました。
昭和50年代前半までは清水が勢いよく湧き出ていましたが、50年代後半ころからその量が少なくなり、今では井戸枠の縁から30センチメートルほど下までしか水がたまらなくなってしまいました。
筒井の井戸(現地案内図)
現在でも筒井の井戸がその美しい姿で私たちの目を楽しませてくれるのは、地元の人たちが周辺の清掃をしてくれるお陰です。これからも、筒井の井戸への想いを大切にしていきたいものです。
詳しくは、解説シート民俗NO.8大野城市の文化財1(筒井の井戸)を参照してください。
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