菅公の杖(山田)
更新日:2018年6月15日
曽祖父(そうそふ)の時から代々学者の家柄に生まれた菅原道真(すがわらのみちざね)は、幼い時から勉学にはげみ、だんだん出世して従二位右大臣(じゅうにいうだいじん)近衛大将(このえたいしょう)という地位まであがられたため、左大臣藤原時平(さだいじんふじわらのときひら)や他の学者などからねたまれ、天皇につげ口されて、大宰権師(だざいごんのそつ)という位に落とされ、筑紫の国へ行くことを命ぜられました。
延喜元年(えんぎがんねん)(901)2月1日に京をたたれましたが、旅の支度もあわただしく、妻やすでに成人している子どもたちとも別れ、幼い子どもと門下生(もんかせい)味酒安行(みさけやすゆき)だけを連れ、送使(そうし)と衛士(えじ)に守られて、明石の浦から海路博多の津に上陸されました。
57歳の道真公にとっては大変つらい長い旅でした。その旅もいよいよ最後の日となり、今日中には大宰府に着くことができるのです。しかし、昨日にかわる今日の我が身のあわれさを思うと、心は暗く足取りは重くなるばかりです。隈麿(くままろ)と紅姫(べにひめ)の二人の手を引いて金隈(かねのくま)(福岡市博多区金隈)まで歩いてこられましたが、旅の疲れと寒さは京育ちの老いの身にはつらく、子どもたちの手をはなした道真公は、道端の竹林に入って手ごろな一本の竹を切り、この杖にすがりながらまた歩きはじめられました。
この杖を求められた所には、後に菅公の徳をしたう人たちによって祠が建てられ、杖切天神として祭られるようになりました。
気を取り直して歩き始められた道真公は、牛車はもちろん馬さえも与えられないで、囚人のような旅を続けて、すでに一ヶ月以上にもなります。もともと体は弱いほうでありましたので、二月の風は肌に冷たく、持病の脚気(かっけ)に苦しみながら、とぼとぼ歩く老学者と幼児(おさなご)の前方に、森がみえてきました。神功皇后(じんぐうこうごう)の笠がかかったという伝説のある山田村(大野城市)の御笠の森です。
森のかげに風をよけて杖を立てて、老樟(ろうしょう)の根方に腰を下ろして休まれた道真公の目には、一滴の涙が光っておりました。正月二十五日に突然大宰府へ行くことを命ぜざれ、親戚や友人に暇(いとま)をつげるひまもなく、二月1日の夜明けとともに、出発しなければならなかったのです。家族との悲しい別れも、夜明けをつげる一番鶏の声にせきたてられて、後髪を引かれるような思いで家を出たのが、昨日のことのおうに思い出されるのです。そしていつまた京都へ帰って、家族と面会することができるのか、これからの大宰府での生活は、どのようなものであろうかなどと考えると、不安はつのるばかりで、無情の風に追われるように立ち上がって、大宰府をさして再び歩きはじめられました。
後の世になり、村人達は道真公が杖を立てて休まれた御笠の森の傍らに祠を建て、杖立天神と名づけて祀りはじめましたが、昔から御笠川の堤防決壊による度々の水害に、悩まされつづけていた山田村の人たちは、延宝の頃(1670年代)全村あげて、御笠の森周辺古屋敷をすて、雑餉隈(大野城市)の東側の高地に移り住むことになりましたので、杖立天神も一緒に移転させて、現在の山田に再建しました。
この祠に隣接していた家では、道真公の徳をしたう心が特に厚く、家族との別れを断ち切った鶏の声をにくんで、代々鶏を飼うことを禁じられておりましたが、農家であるため雑穀の処理に困り、近年になって鶏を飼うようになったということです。
杖立天神
杖立天神は『筑前国続風土記(ちくぜんのくにぞくふどき)拾遺(しゅうい)』や『筑前国続風土記附録』、『福岡県地理全誌』には道真公が太宰府に向かう途中、杖を求められた所として「杖切天神」と紹介されています。また、昭和56年に建てられた鳥居にも杖切天神と書かれています。
しかし明治8年に地元民から聞き取りをして作成された絵図には、金隈に杖切天神、山田に杖立天神と書かれていることから、大野城市史では杖立天神として紹介しています。
社殿と伝承
杖立天神の社殿は古くは木造でしたが、大正11年(1922)4月25日に山田区民および近郊有志ら45人の寄進により石造に改築され、その後昭和56年にはそれまで北向きであった社殿を南向きに変えています。
ご神体は幅13センチ、高さ7センチの卵形の丸い自然石です。
昔はこの社に境を接する3家で代々お祀りしていましたが、昌泰(しょうたい)4年2月1日の早朝一番鶏の鳴き声と共に、妻子と別れを告げた菅公の心を哀れとして、刻をつげる鶏は飼わなかったといわれています。しかし、農家であるため雑穀を捨ててしまうのはもったいないという理由から、昭和になってやっと鶏を飼うようになったという話です。
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