三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)
更新日:2018年12月20日
古墳時代前期に流行する鏡で、鏡の縁の断面が三角形をしていて、神と獣が浮き彫りにされていることから名づけられました。現在全国で500面以上が見つかっており、文様を細かく分析することで中国製と日本製に分けられます。このようにたくさんの鏡が見つかっているのに、製作工房(こうぼう)や鏡の鋳型(いがた)などはまだ発見されておらず、製作地については議論が続いています。
御陵古墳出土の三角縁神獣鏡
赤丸が神、青丸が獣を現しています。
御陵古墳出土鏡について
御陵古墳から見つかったといわれている鏡が、大野城心のふるさと館2階の常設展に展示されています。完形の鏡が割られ現在8片に分かれており、足りない部分もあります。鏡の直径は22.0センチです。
御陵古墳出土鏡は古くからその存在が知られていました。鏡が見つかったのは江戸時代終わり頃のことです。赤坂山で発見されたという以外にどの古墳から見つかったかは明らかではありません。
鏡を出土した赤坂山は御陵中学校に対し宮の池を挟んで南側にある丘陵のことです。そして、御陵中学校の建設の前には御陵古墳群と呼ばれる古墳時代前期の古墳の発掘調査が行われました。
御陵古墳群
御陵中学校が開校したのは昭和58年4月のことです。それ以前は細長い山が南北に2つ並んでいました。この山を発掘調査したところ、今から1400年から1700年も前の古墳がたくさん見つかりました。南側の山には6基の古墳と1基の木棺墓(もっかんぼ)、北側の山には8基の古墳が見つかりました。古墳からは土器や勾玉(まがたま)、鉄製の鎌(かま)、小刀、剣、斧、鋤先と中国製の鏡(内行花文鏡:ないこうかもんきょう)の破片が見つかりました。
御陵古墳は福岡平野と粕屋平野をむすぶルートを見下ろす位置にあり、交通の要衝(ようしょう)に位置しています。御陵古墳を造った勢力は、交通の要衝に位置していたためその重要性をヤマト政権から認められ、先進的な文化を古墳時代を通じて積極的に受け入れたと考えられます。
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