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おおのじょうの遺跡/御笠の森遺跡 その2

更新日:2019年5月29日

前回、御笠の森遺跡でおこなわれた体験発掘の様子を報告しましたが、今回は遺跡についてのお話しをしたいと思います。新たな発見がたくさんありましたので、その中から少しだけ紹介します。

Q1どこにあるの?

大野北小学校の近くにある「御笠の森」の周辺にひろがる遺跡で、現在の山田2・3丁目あたりです。

Q2なにが出てきたの?

御笠の森遺跡からは、古墳(こふん)時代から江戸時代の掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)(住居)や井戸の跡など、昔の人々の生活の跡がたくさん見つかっています。

空から見れば

御笠の森遺跡空から見た写真

掘り終わった遺跡を空から見たところです。たくさんの穴がわかりますか。こうした穴の一つ一つが、家の柱の跡だったり、井戸だったり、水路だったりそれぞれ意味を持っています。

遺跡のずっと前方に見える緑が「御笠の森」です。

こんな家に住んでいました。

作業員さんが立っている写真

地面に穴を掘って柱を固定した建物「掘立柱建物」(ほったてばしらたてもの)の跡です。作業員さんが立っているところが昔の柱の跡ですが、規則正しく並んでいるのがわかりますか?ちなみに、この建物は床面積約30平方メートル、もし畳に換算(かんさん)すると18畳くらいの広さです。

今ではすっかり

井戸の跡写真

井戸の跡です。木と竹を組み合わせた「井戸枠」がよく残っています。今は水がかれていますが、昔はこんこんと湧き出ていたことでしょう。

昔のトイレです

昔のトイレ写真

これはトイレの跡だと考えられます。江戸時代には大きな甕(かめ)を地面に埋めて、そこで用をたしていました。ちなみに掘っているとき、臭いは気になりませんでした。

また、遺跡からはたくさんの土器など、いろいろな生活道具が発見されました。現在の佐賀県で焼かれた陶器(とうき)や磁器(じき)、さらには中国から輸入された青磁(せいじ)や白磁(はくじ)などもたくさん見つかっています。

さらに、大発見がありました。それは、戦国(せんごく)時代の終わりから江戸時代の初め頃にかけての独楽(こま)や羽子板(はごいた)といった遊び道具が出てきたことです。昔の独楽や羽子板のお話しをしたいところですが 今月はこの辺で

現在も発掘調査は続けています。近くを通ったときは一声おかけください。なにか、新しい発見にめぐり合えるかもしれません。

このページに関する問い合わせ先

地域創造部 心のふるさと館 文化財担当
電話:092-558-2206
ファクス:092-558-2207
場所:大野城心のふるさと館1階
住所:〒816-0934 福岡県大野城市曙町3-8-3

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