平成23年11月5日(土)にまどかぴあ大ホールで行われた「『心の教育』推進大会」の中で、「第25回中学生弁論大会」が開かれました。市内の中学校5校から10人が出場し、学校生活や日常生活での経験を通して、思ったことや感じたことについて発表しました。
審査の結果、最優秀賞に池田茉奈美さん(大利中2年)、大塚咲里さん(大野中3年)、白石 葵さん(大利中3年)が選ばれました。
また、この日は5人の小学生が出場した「第14回小学生意見発表」も行われました。
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言葉の力 |
「よぉ、きんしゃったねぇ」
これは私が福岡空港の通路で、見つけた言葉です。旅行から帰って見たその言葉は、私の荷物を軽くしました。疲れていた心を、やわらかくしたのは、福岡の方言。「お帰り。無事に帰ってこれて、良かったね。」と私に語りかけてくれます。私は、母に「よぉ、きんしゃったねっ。」と言ってみました。母にもその気持ちが通じたのでしょう、母も私もなごやかな笑顔になっていました。
私は夏に、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ行きました。アトラクションの順番を待っていたとき、私の前に外国人の家族がいました。その中の子どもと目が合い、「ナイス・トゥー・ミー・トゥー。」と言われました。「わっ、英語だ。」「何か、話さなきゃ。」と思った私は、子どもの様子を見て、何かできることがないか、思いを巡らせました。「きっと、たいくつしている。」そう感じた私は、「レッツ・ゲーム」と言いました。子どもの白い歯がこぼれました。わたしもつられて笑い、「ロック・シーザー・ペーパー」とジャンケンの説明をしました。その子どもは、身を乗り出して、言葉を返してくれました。何を言っているのか、はっきりは分かりません。でも、お互いの言いたいことが、身ぶり手ぶりでいつの間にか伝わっていたのです。子どもがするしぐさに、「そうそう。」と日本語で答えながら、「イエス、イエス。」と、英語も使っている私。クスッと笑っていました。だんだん他にも話してくれるようになり、「ジョーズ」というアトラクションの説明を英語でしてくれました。私は、「ありがとう。」と言い、もう一度、「サンキュー。」と言いました。すると、その子どもが片言の日本語で「えいりがとゅー。」「あったかい。」。お互いを行き来する言葉は、片言で意味はあいまいだけど、「あったかい。」私には、壁もとまどいもなくなっていました。
こたえ合う中で生まれる「言葉の力」。全部は分からないけれど、一言でも分かる単語があれば、それをもとに思いは広がっていきます。相手との言葉の飛び交う距離は縮まり、会話が人と人とをつなげてくれるのです。言葉が持つ力は、全身を通りぬけます。そこには、力を合わせて言葉でつながり合おうとする思いがこめられています。「共感し、共有する」言葉の力を実感しています。
旅の帰りの福岡空港で、私は4冊のパンフレットを見つけました。それは、英語・中国語・韓国語・日本語で書かれた福岡観光ガイドブックでした。「どう違うのだろう。」と中を開くと、4つの国の言葉の表現に気づきました。言葉を通して分かり合えたあの体験がよみがえってきます。私は、それを手にしたまま、「よぉ、きんしゃったねぇ」という言葉をもう一度見上げました。いつかは福岡の方言とぬくもりまで、英語でも伝えていけるよう、「言葉の力」を高めていきたいと考えています。
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言葉の意味 大野中学校三年 大塚咲里(おおつか さり) |
「うざい。だまれ。」
ふだん冗談半分で使われているこの言葉は、すぐにいじめにつながってしまうと私は思います。
いじめは、言葉から生まれるものです。日常のほんのささいなことがきっかけで、いじめが始まるのだとしたら、それは、まちがいなく言葉から生まれるのだと思います。「うざい。きもい。」といった言葉を、私たちは軽い気持ちで使っていますが、本当は真剣に考えなければならない問題ではないでしょうか。深く考えずに言ってしまう言葉ですが、人を攻撃する武器だと言ってもいいと思います。言ってはいけないと分かっているはずの言葉ですが、実際は日常的に使われていて、それを注意する人はあまりいません。一見、小さなことのようですが、こうした言葉の問題を解決していかなければ、いじめはなくならないのではないでしょうか。
それでは、どうしていじめはなくならないのでしょう。集団の中ではグループをつくり、多数派、少数派とわかれてしまうことがあります。例えば、クラスの十人の中で、九人が同じ意見で一人だけ違うことを主張しているとします。どちらが正しいことを言っているかに関係なく、一人の方が立場は弱くなってしまうことが多いものです。このような多数が強く、少数が弱いという状況もいじめが起こる原因になると思います。時に多数派の言葉は、簡単に少数派や一人の人を傷つけてしまう場合があります。しかし、逆にたった一言で人を救うことができる力も持っています。言葉の使い方ひとつでいじめを解決することや、あるいは未然に防ぐこともできるのではないでしょうか。
「ごめんね。」
この一言は、いじめをなくす第一歩になります。
私は、日頃私たちが使ってしまう悪い言葉を「いい言葉」に変えていきたいと考えています。そのための第一歩として、謝ることのできる自分になりたいと思います。言葉は自分を見直し、振り返らせてくれるものだと思います。また、一言一言で自分の世界まで変わってくると思います。そういう力を持った言葉を私たちは大切にしていかなければなりません。
私は、今回の東日本大震災で被災された方々に、感謝の気持ちを伝えたいと思います。なぜなら、私は、今回の震災で言葉の大切さを学んだからです。被災した方々にとって情報というのは、何よりのたのみだったと思います。情報は言葉によって伝えられます。原発問題で「放射能」という言葉を聞けば、たいていの人は不安になります。それでも、正しい現状とこれから先のことを明確に発表されると、人々は安心するものです。
このように、言葉は人の気持ちを動かす力を持っています。全国の方々からの温かい励ましの言葉に、涙を流す人もいるそうです。その言葉のおかげで強く生きていこうと決心した人もいるそうです。このことから、私はひとつひとつの言葉にはその言葉の重みがあり、それゆえ責任を持って発言しなければならないと感じました。言葉は大切です。言葉は力を持っています。私の一言で何かが変わるかもしれません。だとすれば、私は、「ありがとう。」「一緒にがんばろう。」といった、元気が出る言葉、笑顔になる言葉、愛や情がある言葉を使っていきたいと思います。そして、一人でも多くの人がこのような言葉を使うことで、いじめを少しでも減らしていきたいと考えます。
言葉には意味があると思います。「人に自分の気持ちを言葉で伝えること」それが言葉のもつ力です。私たちは今、言葉を有効に使えているでしょうか。自分の素直な気持ちを相手に伝えることができた時こそ、言葉のもつ意味が理解されると思います。
言葉によっていじめは生まれますが、言葉によっていじめをなくすこともできると信じています。私たちは、言葉のもつ意味を考え、いじめをなくしていかなければなりません。そのために、まずは私自身からいい言葉を使っていこうと思っています。
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言葉の意味 大利中学校三年 白石 葵(しらいし あおい) |
「何でも一生懸命にやれよ。勉強も、授業も、遊びも、バスケも。」と、顧問の先生に言われました。そう言われて、初めは、「授業や家での勉強は、受験があるから一生懸命にするけど、なぜ、遊びやバスケまで。」と思いました。
しかし、今、よく考えてみると、その先生の言いたかったことが分かる気がします。
今年の夏まで私は、女子バスケットボール部で汗を流して練習に取り組んでいました。私たちの部は楽しいけれど、練習はけっこうきつい部です。なかでも一番つらかったことは、外での練習です。
そんなときも、私たちは「あと少しだよ。頑張ろう!」、「ペースアップー!」と声をかけあったり、その場を盛り上げたりしました。そして、やっとの思いでつらい練習を乗り越えることができました。そのためか、リタイアする人は一人もいず、チームワークを高めることもできました。
時間が過ぎるのはとても早く、あっという間に来た中体連大会。私たちは、どこのチームにも負けない大きな声を出し、とても良い雰囲気で試合に臨むことができました。
ミスをしたときは、チーム一丸となって「ドンマイ!」や、「次はうまくいくよ!」と温かい言葉をかけあいました。
結果は、予選敗退。あと少しというところで負けてしまいました。どんなに一生懸命に練習しても、上には上がいるということを実感しました。
三年間、一生懸命に部活動を続けられたのは、仲間だけでなく、家族の支えがあったからだと思います。
練習試合が行われるとき、必ず母は朝早く起きて、私のためにお弁当を作ってくれました。また、ボロボロになって破れた体操服を何も言わずに繕ってくれました。父は試合で撮ったビデオを見て、「こうすれば、もっと上手くいくんじゃない?」と指摘や提案をしてくれました。妹たちは、試合の時、私のところまで水筒を持ってきたり、応援をしたりしてくれました。
このように、一生懸命に取り組むことは、自分一人だけではできません。必ず誰かが、陰で支えてくれているのです。
私は、部活動をして、一生懸命にすることの大切さがよくわかりました。一生懸命にすることで、仲間との絆や、家族の支えのありがたさ、達成感など、さまざまなことに気がつくことができました。
「一生懸命にすると、得ることがたくさんある。」今なら、自信をもってこう言えます。何事も一生懸命にしなかったら、今ある可能性を、初めから無理なものと決めつけ、諦めることになるかもしれません。だから、顧問の先生は、「何でも一生懸命にやれよ。」という言葉を私におっしゃったのだと思います。
私は、いつも、自分の心に問いかけています。「自分は今、一生懸命に取り組んでいるか。」と。これからも、たくさんの人への感謝の気持ちや、まわりの人とのつながりを大切にしていきます。そして、さまざまな可能性を現実のものとしていこうと思います。
皆さんはどうですか。どうせするなら一生懸命に行って、楽しさを味わいたいと思いませんか。もしも、今、そのように思うのなら、自分のペースでいいから、少しずつ一生懸命になればいいと思います。皆さんもぜひ、自分に問いかけてみてください。「自分は今、一生懸命にしているのか。」と。




