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現地説明会/よみがえる!中世の輝き“海を渡った輸入陶磁器と木棺墓の発見”

 平成20年4月12日(土) 午後2時から薬師の森遺跡で現場説明会を開きました。当日は天候に恵まれ、約100人の考古学ファンが訪れました。

現地説明会の様子

現地説明会の様子

1 遺跡の位置

 薬師の森遺跡は大城山から西側にのびる丘陵上に位置し、大野城市乙金3丁目一帯に広がっています。今回の調査地は大野城市乙金3丁目187ほかに所在します。
 これまでにも開発に伴い2回発掘調査が実施され、奈良時代~鎌倉時代にかけての遺構が見つかっています。また、周辺の乙金山山麓には古墳時代後期~終末期にかけて大規模な古墳群が営まれています。そのため、今回の調査では古墳時代や中世の遺跡が発見されることが予想されていました。

位置と周辺遺跡の分布図

   大野城市 1松葉園遺跡 2石勺遺跡 3村下遺跡 4川原遺跡 5ヒケシマ遺跡  6中・寺尾遺跡 7森園遺跡 8仲島遺跡 
                       9御陵前ノ椽遺跡 10銀山遺跡 11原田遺跡 12雉子ケ尾遺跡 13榎町遺跡 14松ノ木遺跡 15釜蓋原遺跡 
                      16塚口遺跡
   春日市   17立石遺跡 18原町遺跡 19駿河遺跡 20九州大学筑紫キャンパス内遺跡 21御供田遺跡 22春日高校内遺跡
   福岡市   23金隈遺跡 24南八幡遺跡9次 25雑餉隈遺跡群5次 26麦野C遺跡群5次 27井相田C遺跡群3次 
                     28井相田C遺跡群4次 

▲薬師の森遺跡3次調査地点と周辺遺跡の分布図

2 調査の概要

 調査地は乙金第二土地区画整理に伴い、平成20年2月から3月にかけて約400平方メートルを対象に実施しました。本調査は丘陵裾部の南側斜面に当たります。調査地の南側は昭和期まで池として利用されていたため、古い時代の地形は残っていません。本来はもう少し南側まで遺構が展開していたと考えられます。また北側丘陵部分も後世の開発により一部が削られています。調査では縄文時代~平安末・鎌倉時代初頭にかけての遺構が見つかりました。主な遺構として、落とし穴1基(SX01)・竪穴住居1基(SC01)・掘立柱建物1棟(SB01)・須恵器の窯に関連する遺構1基(SX09)・木棺墓1基(SX11)の他、性格不明の土坑やピット(小さな穴)などがあります。以下、時代の古い順に遺構・遺物の概要について説明していきます。
※考古学の分野では遺跡や遺構・遺物の内容から、11世紀中頃(平安時代後期)以降を「中世」と捉えるのが一般的です。

遺構配置図
▲薬師の森第3次調査遺構配置図

全景(南から)
▲薬師の森遺跡第3次調査全景(南から)


〔縄文時代の遺構〕
 もっとも古い遺構として落とし穴(SX01)があります。平面は隅丸長方形で、長軸1.8m・短軸1.3m・深さ1.2mほどのやや大きく深い遺構です。遺構の底には逆茂木(さかもぎ)の痕と考えられる直径5cmほどの杭の痕跡が見つかりました。人を落すためのものではなく、シカやイノシシを捕らえるため狩りをする目的で設置されたものと考えられます。遺構の中から縄文時代早期(約8,000年前)に位置づけられる土器と石の鏃(やじり)が出土しました。

落とし穴(SX01)
▲落とし穴(SX01)


〔古墳時代〕
 古墳時代の遺構として、竪穴住居や掘立柱建物(地面に穴を掘り、柱を立ててつくった建物)があります。竪穴住居(SC01)は長辺の長さが約5mのやや大型の住居です。住居の中には、東側の壁に接して竃(かまど)が設置されています。掘立柱建物(SB01)は、2×3間(柱と柱の間のことを1間と呼ぶ)(3.5m ×5.0m)の規模と考えられます。竪穴住居・掘立柱建物からは、6世紀末~7世紀初頭頃の須恵器・土師器が出土しました。どのような人がここに家をつくり、どのような暮らしをしていたのでしょうか?

竪穴住居(SC01)
▲竪穴住居(SC01)

掘立柱建物(SB01)
▲掘立柱建物(SB01)


〔奈良時代の遺構〕
 須恵器の窯に関連する遺構(SX09)が発見されました。遺構からは多量の須恵器(生焼け含む)や焼台(土器を焼く際に、土器の下に設置した粘土の塊)が出土し、埋土には炭化物や焼土がたくさん含まれていました。出土した遺物の内容や埋土の特徴から、この遺構は須恵器の窯に関連する遺構の可能性が極めて高いと考えられます。北側丘陵部分が削られていることを考慮すると、本来、北側丘陵部分には須恵器の窯があったのでしょう。出土した須恵器は8世紀後半に位置づけられます。


〔平安時代末~鎌倉時代初頭〕
 平安時代末~鎌倉時代初頭の遺構は、木棺墓(もっかんぼ)(SX11)があります。長軸1.8m・短軸0.8mの長方形の遺構で、主軸は南北方向を向きます。北側の底近くで完形品の青磁椀2点・青磁皿5点が出土し、鉄釘も見つかりました。青磁椀・皿は当時の中国(宋)で焼かれ日本に輸入されたもので、時代は12世紀後半(平安時代末~鎌倉時代初頭)に位置づけられます。このお墓に葬られた人は木の棺(ひつぎ)におさめられ、その枕元には高価な青磁を供えられた状態であったことがわかりました。

木棺墓(SX01)
▲木棺墓(SX01)

3 中世木棺墓発見の意義

 今回の調査で発見された木棺墓と出土した青磁について、以下で詳しく説明します。
〔木棺墓〕
・鉄釘が出土していることから、遺体を木棺におさめたことがわかる
・出土した青磁は全て完形品であり被葬者に供えられたものと考えられる。
・青磁は北側でまとまって出土していることから、被葬者は頭を北に向けた状況(北枕)であった可能性が高い。
・この墓以外に同じ時代の墓や住居は見つかっておらず、単独で営まれた墓といえる。
〔青磁〕
・青磁は7点(椀2点・皿5点)出土しており、全て完形品である。
・12世紀後半頃に中国で焼かれ、日本に輸入されたものである。
・椀は2点出土しており龍泉(りゅうせん)窯系青磁と呼ばれるもの。龍泉窯系青磁とは中国南部の浙江(せっこう)省にある窯で焼かれた青磁のことで、青みを帯びた緑色に発色する釉(うわぐすり)が特徴的。ヘラ状工具により内面を5分割し、その間に飛雲文ないし花文を表現する。内面見込みにはキノコ状の文様を施す。
・皿は5点出土しており、同安(どうあん)窯系青磁と呼ばれるもの。同安窯系青磁は中国南部の福建省で生産された青磁。釉は黄色味を帯びた緑色に発色する。内面見込みにヘラ状工具による文様と櫛状工具によるジグザグの文様を施すものが特徴的。出土した皿のうち1点には外底面に墨書で「廾」のような文字(記号?)を書いたものがある。
 以上のことから、遺体は頭を北側にして木棺におさめられていると考えられ、枕元に青磁を7点も供えられるなど、手厚く葬られていることが窺えます。副葬品が豊富であることや単独の墓であることから、ここに葬られた人は高い階層の人物であったといえるでしょう。
 乙金地区における中世のお墓は今回発見された木棺墓を含め10例発見されています。土師器や陶磁器などのほか鉄刀を副葬するものもあり、複数の有力者が存在したと考えられます。陶磁器の出土量という点では今回発見の木棺墓がもっとも豊富で、有力者同士の関係を考える上で参考になります。

木棺墓から出土した陶磁器
▲木棺墓から出土した青磁

中国の主要な陶磁器窯跡分布図
▲中国の主要な陶磁器窯跡分布図

  遺跡  遺構 出土遺物 
薬師の森遺跡3 木棺墓  龍泉青磁椀2、同安青磁皿5 
B 薬師の森遺跡2 木棺墓  龍泉青磁椀1、青白磁合子(身)1 
C     森園遺跡(1次)    SP01(土坑墓) 同安青磁椀1、白磁椀1、土師器皿2、鉄刀1 
SP02(土坑墓) 鉄器1
SP03(土坑墓)  白磁椀1、青白磁合子(身)1

土師器皿5、土師器杯1、瓦器椀1

中・西コモリ遺跡 木棺墓  白磁椀1、土師皿3 
D 松葉園遺跡  土坑墓  白磁椀2 
E  塚口遺跡    SP01(土坑墓)  須恵質土器鉢1、土師器皿破片1 
SP02(土坑墓) 土師器椀破片1
SP03(土坑墓) 白磁椀1、鉄刀1 

▲乙金近辺で発見された中世の墓

4 まとめ

 今回の調査の結果、本調査地では縄文時代~中世に至るまで人々の暮らしが連綿と続いていたことが分かりました。縄文時代には狩猟の場、古墳時代には集落、奈良時代には生産の場、中世には墓として利用されており、人が活動するのに非常に良い環境であったと評価できます。各時代の各遺構・遺物はこの地域にとっては非常に貴重な発見でありますが、特に木棺墓の発見と中国から輸入された青磁椀・皿の出土は注目できます。また遺構・遺物の内容からここに葬られた人物は高い階層の人物であったことがわかりました。具体的には、この地域の開発に貢献した有力者と想定できます。乙金地区の開発史や当時の国際関係史を考える上で非常に貴重な発見であるといえるでしょう
 今年度以降も区画整理に伴い発掘調査を継続していく予定で、新たな発見が期待されます。木棺墓に葬られた人の住宅や他のお墓が発見されるかもしれません。今後はこうした調査成果を積み上げることにより、昔の人々の暮らしぶりや当地域の歴史が解明されていくでしょう。

 

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 ファクス 092-501-2270
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