掘立柱建物とは地面に穴を掘り、柱を立て、上屋(うわや)をつくる建物です。縄文時代から続く建物の形式ですが、奈良時代終わりごろになると住居の基本的なスタイルとなります。では、実際にどのようにして掘立柱建物をたてていたのか、復元してみましょう。

まず柱を立てる位置を決め、穴を掘ります。穴は柱の直径よりも大きく掘り、また倒れないように深く掘ります。穴の大きさは、時代と建物の種類によって違い、大きな建物ほど大きく深い穴を掘っています。

写真は柱を据(す)えて穴を埋め戻しているところです。この時柱が曲がらないようにまっすぐ立て、また倒れないように柱の周りの土をしっかり固めることが必要です。ここで立てている柱は直径15センチくらいです。
柱を立て、上屋を作ると写真のように立派な建物ができあがります。この建物は、熊本県菊鹿町にある鞠智城(きくちじょう)という7世紀後半に作られた山城にあります。大野城と同じく唐・新羅(とう・しらぎ)軍の来襲に備えてつくられた鞠智城には、兵舎(へいしゃ)や米倉(こめぐら)などがたくさん建てられていたことが発掘調査の結果でわかっています。写真の建物は、調査で見つかった遺構から復元された物と大きな差はありませんが、穴を掘って柱を立てる掘立柱建物より建物の強度の面でさらに進んだ形の建物です。
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