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おおのじょうの遺跡/石勺遺跡K地点調査現地説明会

1.遺跡の立地とこれまでの調査概要

 石勺遺跡は、大野城市のほぼ中央、曙町・瓦田一帯に広がっており、今回の調査地は大野城市曙町1丁目28-5にあります。遺跡は、周辺の低地よりやや高い場所(微高地)に営まれています。現在は、市街地となり宅地が広がっていますが、かつては調査地が周辺よりやや高く桑畑として利用されていました。これまでにも開発に伴い10回発掘調査が実施され、縄文時代~室町時代にかけての遺構・遺跡が見つかっています。今までは主に弥生時代の集落と墓地が多く確認されていました。

周辺遺跡の様子画像

 番号  遺跡名  番号   遺跡名   番号  遺跡名  番号   遺跡名 
 1

 持田ケ浦
 古墳群 

 15

 平隈遺跡

 29

 裏ノ田遺跡 

 43

 村下遺跡 

 2

 御陵古墳群

 16

 ウド遺跡

 30

 水城跡 

 44

 雑餉隈遺跡

 3

 今里不動古墳

 17

 ウド古墳 

 31

 池ノ上遺跡 

 45

 川原遺跡 

 4

 塚口古墳 

 18

 榎町遺跡 

 32

 向谷北遺跡 

 46

 仲島遺跡 

 5

 御陵前ノ椽
 遺跡

 19

 銀山遺跡 

 33

 九州大学
 構内遺跡

 47

 井相田遺跡群 

 6

 喜一田古墳群

 20

 原口古墳群 

 34

 池田遺跡 

 48

 麦野遺跡群

 7

 王城山古墳群

 21

 原門遺跡

 35

 官道推定
 ライン

 49

 南八幡遺跡群 

 8

 古野古墳群

 22

 雉ケ尾遺跡群 

 36

 御供田遺跡 

 50

 雑餉隈遺跡群

 9

 花園遺跡 

 23

 曲目遺跡 

 37

 後原遺跡 

 51

 駿河遺跡

 10

 薬師ノ森遺跡 

 24

 深町古墳 

 38

 ハザコ遺跡 

 52

 伯玄社遺跡 

 11

 松葉園遺跡 

 25

 金山古墳 

 39

 原ノ畑遺跡 

 53

 ナライ遺跡 

 12

 森園遺跡 

 26

 金山古墳 

 40

 国分田遺跡

 54

 西平塚遺跡 

 13

 中・寺尾遺跡 

 27

 笹原古墳 

 41

 瑞穂町遺跡

 55

 高辻遺跡

 14

 ヒケシマ遺跡 

 28

 成屋形遺跡

 42

 石勺遺跡 

 56

 惣利窯跡群 

▲石勺遺跡K地点の位置と周辺調査の分布

調査地点画像

▲石勺遺跡調査地点の位置

 

2.調査の概要

 今回の調査は、マンション建設に先立って平成21年6月から約3,000平方メートルの面積を対象に実施しています。調査の結果、現地表下1.5~2mで弥生時代から鎌倉時代にかけての遺構・遺物が検出されました。詳細は以下のとおりです。

弥生時代:調査区東側を中心に土坑(どこう:穴)、溝跡のほか、甕棺墓(かめかんぼ)、土坑墓(どこうぼ)、石蓋土坑墓(せきがいどこうぼ)などが確認されました。本調査地東側で見つかった墓地が本調査地まで広がりを見せることが分かりました。

弥生時代甕棺墓の出土状況画像

▲弥生時代の墓(甕棺墓)

古墳時代:本調査地で確認された遺構・遺物はほとんどが古墳時代前期後半から中期前半(4世紀後半~5世紀前半)のものです。約30基の竪穴住居跡(たてあなしきじゅうきょ)や掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)、土坑、溝などと共にパンコンテナ70箱分の遺物も出土しました。土器のほかに銅鏃(どうぞく)・金属製鋤先(きんぞくせいすきさき)、管玉・ガラス小玉などが発見されています。

古墳時代の竪穴住居群画像

▲古墳時代の竪穴住居群

奈良時代:竪穴住居跡、土坑などが確認されました。集落が営まれていたことが明らかになりました。

平安時代~鎌倉時代:東西方向に伸びる溝跡と、粘土を貯めた土坑が見つかっています。

 

3.古墳時代集落の様子

 ここでは、今回の調査で最も多く確認された古墳時代の集落について説明します。

(1)遺構の広がり

 古墳時代集落は、弥生時代の墓地と重複せずにその西側に集落が展開しています。調査区北側の溝を境に南側で約30棟の竪穴住居跡が見つかっています。溝の北側では建物は掘立柱建物のみが確認されており、集落内を溝で区画して計画的に各施設が配置されていた可能性が想定されます。

 住居の規模は一辺4~6mほどの正方形で、数棟ずつで群をなして、それぞれが重複しながら何度も建て替えられています。多くの住居では、壊れていない大量の土師器(はじき)が出土しており、住居の廃棄に伴い祭祀(さいし)が行われていたことを推定させます。またこのような土器とともに、ミニチュア土器・土製勾玉などの祭祀具、ガラス小玉・管玉などの装身具(そうしんぐ)、鉄器も出土しています。

(2)特徴的な遺構

粘土と焼土:いくつかの住居で、壁際に粘土の塊と焼土がセットで確認されています。粘土は上から見た形が「コ」字形のものと形状がはっきりしないものがあります。これを形の崩れた「カマド」あるいは「偏在炉」の可能性が高いと考えています。

カマドの可能性がある粘土と焼土画像

▲カマドの可能性がある粘土と焼土

カマドの可能性がある粘土と焼土画像

▲カマドの可能性がある粘土と焼土

カマドの

▲カマドの可能性のある粘土と焼土

※偏在炉とは・・・縄文時代以来、住居の中で調理や暖をとる施設として炉があります。住居の中央付近にあるのが一般的ですが、これが壁のすぐ近くに寄っているものです。古墳時代中期に「カマド」が朝鮮半島から導入されると「カマド」の影響を受けて変容した炉との説もあります。本調査で確認されたものは5世紀初頭ごろのものです。

いろいろな炉跡説明イラスト

▲いろいろな炉跡(赤丸が住居内の炉跡)
(左:中央炉 真中:偏在炉 右:かまど)

弥生時代中央炉の例イラスト

▲中央炉の例(弥生時代)

古墳時代カマドの例イラスト

▲カマドの例(古墳時代)

(3)特徴的な遺物

青銅製鋤先:4世紀代の土師器とともに出土。通常は弥生時代の北部九州に特徴的なもので、実用品でなく儀式的な場で使われたと考えられています。

青銅製鋤先画像

▲青銅製鋤先

鉄製の刃先説明イラスト

銅鏃(矢じり):竪穴住居の床に、切先を下にして突き刺さった状態で出土しました。住居の時期は4世紀後半と考えられます。この種類の銅鏃は、古墳時代前期の畿内を中心に各地域の首長墓に副葬されるのが一般的で、権威を示すものと考えられています。北部九州の前期古墳からの出土は少なく、集落からの出土も珍しい事例といえます。

※銅鏃とは・・・銅鏃は、有茎柳葉式で、鏃身の中軸に縦一文字に鎬(しのぎ)があり断面形はひし形です。

銅鏃画像

▲銅鏃

装身具:ガラス小玉は土坑から1点出土しました。管玉は竪穴住居から集中して5点出土しました。碧玉(へきぎょく)製と考えられます。これらは連ねてネックレスにされるもので、古墳に副葬品として納められることが多いようです。

土製勾玉画像

▲土製勾玉

土製勾玉の出土状況画像

▲土製勾玉の出土状況

管玉画像

▲管玉

朝鮮半島系土器:竪穴住居の廃棄に伴う祭祀と考えられる土器と一緒に見つかりました。土器は、口径9.2cm、底径7.1cm、残存高9.1cmの大きさで形状や作り方の特徴は、朝鮮半島南部の軟質土器と一致します。そして、頸部がやや直立することから、朝鮮半島南部でも全羅南道(西岸部南部)の特徴を示します。ただ、口縁の形状、ケズリの手法が半島のものと若干違いがあります。日本において、半島の技術を持った人々(渡来人)により製作された可能性が高いと推定されます。

※朝鮮半島系土器とは・・・平底で胴がやや膨らみ、口縁部が頸部から短く強く外反する。銅下位はヘラケズリ、外面は格子目タタキのち横ナデ。内面は丁寧な横ナデで底部付近は強い指ナデを施す。

朝鮮半島系土器画像

▲朝鮮半島系土器

当て具の説明イラスト

 

4.まとめ-古墳時代集落の様相が示すもの-

 これまで、大野城市内で古墳時代前期から中期にかけての集落跡については、極めて小規模なものが僅かに調査されたのみで、ほとんど不明でしたが、今回の調査の結果、集落の様相を知ることが出来る良好な遺跡が確認されました。集落は、広範囲に居住地が広がり、一定の期間連綿と人々が生活を営む大規模な集落であることが分かりました。また、4世紀後半代の竪穴住居跡からは、古墳の副葬品として首長の権威を示すものとされる銅鏃、装身具が出土しており、一般的な集落とは異なり、何らかの権力者の存在を想定させる拠点的な集落であった可能性が高いと言えます。

 さらに、5世紀初頭の朝鮮半島系土器が出土し、日本へ「カマド」が本格的に導入される初期の段階の「カマド」あるいは「偏在炉」が見つかっていることから、朝鮮半島の先進的な文物を積極的に受容していることも物語っています。

 

問い合わせ先

 ふるさと文化財課文化財担当
 電話 092-580-1916、092-580-1917
 ファクス 092-501-2270
 メールアドレス furusato@city.onojo.fukuoka.jp
 場所 市役所 本館5階〔〒816-8510 大野城市曙町二丁目2-1


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