携帯電話サイトマップリンク問い合わせ
全文検索
ホーム > 教育・文化・スポーツ > 大野城市教育委員会 > 歴史と文化財 > 情報コーナー > あけてみよう!歴史のとびら 弥生時代の青銅器
あけてみよう!歴史のとびら 弥生時代の青銅器

 

 青銅とは銅と錫(すず)の合金のことで、青銅器には、武器・鏡・銅鐸(どうたく)のほか農工具や装身具などがあります。日本に青銅器が本格的に伝わるのは弥生時代の前期末~中期初頭ごろ(約2,200年前)で、主に朝鮮半島からもたらされました。弥生時代中ごろ(約2,000年前)になると、国内でも生産が始まります。

青銅器の役割

銅矛の鋳型の写真 青銅器の役割について銅矛(ほこ)・銅剣・銅戈(どうか)などの武器形青銅器についてみていきます。
 弥生時代前半期の武器形青銅器は、ほとんどがお墓の副葬品として出土しています。当時、青銅器は非常に貴重で、青銅器を副葬した人物は地域の有力者と考えられます。青銅器は権威の象徴であったのでしょう。また、銅剣が刺さったままの人骨もあり、実際に武器として使用されることもあったようです。
 青銅器の国産が本格化すると、武器形青銅器は次第に大型化し、弥生時代の終わりころには90センチに達する銅矛もつくられました。こうした武器形青銅器は刃がつけられていないため、実用品でなく、多くは集落や墓地から離れた場所で出土しています。こうしたことから大型の青銅器は、お祭りの道具であったと考えられています。収穫祭や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る祭りなどさまざまなお祭りに使われたことでしょう。発掘調査で出土した青銅器はさびて緑色になっていますが、青銅は本来金色をしており、当時は目もくらむほど輝いていた
のです。お祭りのときには絶大な効果を発揮したと想像できます。
 写真は瓦田で出土した銅矛の鋳型で、歴史資料展示室に展示しています。弥生時代の青銅器はまだまだ多くの謎を秘めています。歴史資料展示室で青銅器の謎に挑戦してみませんか。

問い合わせ先

 歴史資料展示室
 電話 092-580-1918
 ファクス 092-573-7791
 メールアドレス furusato@city.onojo.fukuoka.jp
 場所 市役所 新館3階〔〒816-8510 大野城市曙町二丁目2-1
観覧料
  無料
開室時間
  月~金曜日 午前9時半~午後5時

前のページへもどる このページのトップへ戻る

大野城市 教育委員会 〒816-8510 福岡県大野城市曙町2丁目2-1 
 電話:092-501-2211(代)  ファックス:092-501-2270
このサイトについて >>

copyright(c) 2006 onojo city All right reserved