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あけてみよう!歴史のとびら 「石器」人類とともに二百五十万年

 

写真
▲市内で発見された石鏃(せきぞく)
 「石器」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。ある国語辞典をひいてみると「石で作った器具」と書かれていました。数千年前の石斧(せきふ)(石の斧)や石鏃(せきぞく)(石の矢じり)だけではなく、いま私たちが使っている硯(すずり)や砥石(といし)、漬物(つけもの)石や石焼ビビンバの器だって、立派な石器なのです。

石器がなければ始まらない
 石器は、人類の進化とともに誕生し、アフリカでは、約二百五十万年前の石器が発見されています。
日本列島では約8~9万年前の石器が最古と考えられ、旧石器時代(一万二千年以上前)や縄文時代(一万二千年前~二千五百年前)には、狩りをするのも、獲物の肉を切るのも、木の実を磨(す)り潰(つぶ)すのも、木を伐(き)るのも、土を掘るのも、その道具の主役は石器でした。また材料にもこだわりがありました。市内で発見される石器の多くは、佐賀県伊万里市や多久市周辺でとれる黒曜石(こくようせき)やサヌカイトといった貴重な石を利用していて、当時の交易の様子を知ることもできます。

生き続ける石器
 弥生時代(二千五百年前~千八百年前)になると、新たな道具「鉄器」の使用が始まります。すると石斧は鉄斧(てっぷ)に、石鏃は鉄鏃(てつぞく)へと姿を変え、弥生時代の終わりごろには、農具から武器まで、その主役は鉄器となってしまいます。しかし、人々と石器の縁が切れたわけではありません。鉄の刃先を研ぐ砥石は弥
生時代から、石の硯は鎌倉時代から、石臼は室町時代からほとんど姿を変えることなく現在まで生き続けてきました。
  市内でも約二万年前から江戸時代までたくさんの石器が発掘されています。歴史資料展示室では、その一部を展示しています。

問い合わせ先

 歴史資料展示室
 電話 092-580-1918
 ファクス 092-573-7791
 メールアドレス furusato@city.onojo.fukuoka.jp
 場所 市役所 新館3階〔〒816-8510 大野城市曙町二丁目2-1
観覧料 無料
開室日時 月~金曜日 午前9時半~午後5時

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