12月のふれあい歴史体験は『しめ飾りを作ろう』でした。今回の体験では大人の参加者が多く、自分でしめ飾りを作り、いい新年を迎えたいという気持ちが感じられました。
参加者は今回鶴のしめ飾りを作ることをとおして、日本のお正月の素晴らしさ、昔から日本人の生活にお米やわらが密接に関係していたことを再確認されたのではないでしょうか。
鶴の形のしめ飾りをつくっている様子


▲切りそろえたわらを5本を1組として11段並べます

▲今回は麻紐を使い交差させてつなぎました
(自信がある人はわらを使ってつないでみてくださいね)

▲長いわらが尻尾です。これを割って差し込み、羽を広げてます。

▲鶴の羽を広げたところ

▲かんせい お疲れ様でした!
「しめなわ」ってなに?
日本神話でアマテラスオオミカミが天の岩戸(あまのいわと)から出られたとき、再び岩戸に入れないよう張った「尻久米縄(しめくりなわ)」がしめなわの始まりと言われます。
そののち、これから先は神様のおられる清浄な土地だと言う目印および結界(けっかい:別の世界との区切りを示すもの)として神社などに1年中かけられたり、神をこの世に迎える標(しめ=しるしのこと)のなわとして、新しい年に家に幸せを呼ぶ歳神(としがみ=農業や豊作の神)を迎える依代(よりしろ;神が人の世界へ来るときの目印、とどまる場所)として正月の間かけられます。形は大きく円形の「ワジメ」と棒型の「ボウジメ」に分けられますが、地方によってたくさんの種類があります。
しめなわの形とその意味(1)
なわは、作り方やかける方向が神社によって決まっています。基本的に「左綯(な)い」で作り、なわの「本(ほん=根元の部分)」を向かって右に、「末(まつ=穂先の部分)」を左にかけます。これは、古くから右が上の方向だからです。
加えて、垂れ下がるわら飾りの「〆の子(しめのこ)」、同じく紙飾りの「紙垂(かみしで)」をつけます。〆の子は、順番に3本・5本・7本とつけることから、しめなわを漢字で「七五三縄」と書くこともあります。しかし、〆の子や紙垂は後の時代になって出てきたものだそうです。
大野城市の神社にもいろいろなしめなわが掛けられていますから、神社ごとの違いを見るものおもしろいのではないでしょうか。
しめなわの形とその意味(2)
ところで、ほとんどのしめなわが「左綯い」で作られるのはなぜでしょう?これにはたくさんの説があるようですが、左綯いをするとき(右利きの場合は)右手を自分の体に向かって引くことから、幸せをよびこむ、神様をお招きするなどの意味をもつので、神様に関係するわらの道具はほとんど左綯いであると言われています。反対に「右綯い」もあり、これは主に生活に使う道具に使われています。

▲左綯(な)いを行なっている様子
しめなわの一生
しめなわはその年の刈り取りのときから良いわらを選び、まっすぐで緑の部分が残るように干しておきます。12月の暮れの時期、しめなわ作りをします。とくに古い地域では、体を清めた村人がおごそかに作業を行なったと言われます。お正月の時期に飾られたあとは、1月7日早朝にある「ホンゲンギョウ」という行事で村の組や近所の2~3軒分まとめて燃やされました。この火で荒神さまのお供えモチを焼いて食べると、1年を健康に過ごせるといっていました。しめなわは、人々に収穫の喜びや1年の農作業における苦労へのいやしをもたらし、燃やされてなくなるときも新たな生きる活力を人々にもたらすものです。
なぜわらで作るの?
しめなわは稲藁(いなわら)で作られます。わらは主に生活用具の材料ですが、しめなわのような年中行事でもたくさん使われました。
これはわらに対する人々の思いが関係しています。わらは人々の生活に役立ち、古くなってもゴミとして捨てるのではなく、土に返して新たな作物の肥料になったり、燃やしてその灰を別の所で役立たせたりできます。このことから、わらは生まれて消えてもまた生まれ変わる永遠の命を表すと考えられたのです。そこから発展してわらに神様が宿るものとし、これを材料に年神(としがみ)を迎えるかざりを作ったのです。
一年の大変な米づくりが終わり、見守ってくれた神様に感謝しながら、新しい一年がもっと良い年であるようにと祈る人々の気持ちが、わらやしめなわにこめられているのです。
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