また五月節句の武者人形にあやかって、本物の?!鎧、兜を展示してみました。
●鎧と兜
●作業風景
●団体参加
学童の子どもたちがわいわいとにぎやかに作ってくれました!
●完成図
●ミニ展示
端午の節句ってなに?
5月5日は端午の節句といい、男の子の健やかな成長を願う行事です。もともと「端」とは、始めるという意味で、5月最初の午(うま)の日のことです。午を「ご」と呼んだ時「五」に通じることや、特に5月5日を重五、重午(じゅうご)と呼び、この日にお祭りするようになったといいます。
また、この季節に咲くショウブ(菖蒲)を行事に活用することから「菖蒲の節句」とも呼ばれています。ショウブは剣のような形をした強い香りを放つ葉を持つので、昔から邪気を払う力があると信じられてきました。ショウブを軒先に挿したり、ショウブ湯にはいるなどはそのためです。5月は季節の変わり目で、体調が崩れやすい時期です。昔は田植が始まる時期でも有り、それに備えて体力を貯えておく必要があったので、ショウブの力を借りたのだと考えられます。江戸時代、ショウブが「尚武(=武を重んじる)」と同じ音だということで、武家の間で端午の節句が盛んになり、戦いに使うよろい・かぶとやのぼり、旗印(はたじるし)を立てて祝いました。やがて庶民もそれをまね、立身出世の象徴である鯉をのぼりにして飾るようになりました。これが「こいのぼり」のはじまりです。
大野城市の端午の節句
大野城市に昔から伝わっている端午の節句は「男の節句」と呼ばれ、5月5日に行ないましたが、一月遅れで6月5日になる地域もありました。地域ごとの行事はどのようであったのでしょうか。
※聞き取り調査時の言葉のまま記載しています。()内は担当者の加筆です。
乙金・・・こいのぼりを立てたり、チマキを作り、ヨシの葉や竹の皮で巻いた。チマキの一部は神棚の横に下げ、雷が鳴った時、火鉢にくべて雷除けにした。そのとき、蚊帳(かや)をつって中に入った。また、ショウブの葉を軒先につるしたり、ショウブ湯をわかして入ったりした。ショウブはショウブ鉢巻をして頭痛を治す(のにも使った)。
筒井・・・ショウブ湯に入っていた。ショウブ鉢巻をしたり、チマキを作ってこもや笹に巻いていた。チマキはまず神様にあげて食べ、食べたあとの葉は雷よけにした。
雑餉隈・・・チマキを作り、ヨシや竹の皮で包んだ。チマキの一部を残して、雷よけにした。また、ショウブ湯に入ったり、ショウブ鉢巻をしたり、ショウブやフツ(よもぎ)を屋根に貼り付けた。
上大利・・・昔は旧暦で行った。男の子の初節句には、こいのぼりとのぼりを立てた。またチマキを作り、こもや笹に包んだ。チマキは神棚に上げて、夏に病みわずらいをしない(病気をしない)ように祈った。さらに食べるものと一年中残すものに分け、残すものは雷よけのまじないにした。
白木原・・・チマキを作り、ヨシの葉や竹の皮で巻いた。
中・・・米の粉だけでチマキを作り、竹の笹・ヨシ・竹の皮で包んだ。チマキは荒神様(こうじんさま)に上げ、一部を残して雷の鳴る時使った。ショウブ湯に入り、ショウブは軒に下げた。
これはほんの一部の行事の紹介です。地域によって少しづつ差があります。みなさんの生まれた土地や住んでいる土地にはどんな端午の節句が伝わっていますか?
問い合わせ先
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ファクス 092-573-7791
メールアドレス furusato@city.onojo.fukuoka.jp
場所 市役所 新館3階〔〒816-8510 大野城市曙町二丁目2-1〕











