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平成20年7月のふれあい歴史体験「縄文体験をしよう」

 平成20年7月のふれあい歴史体験は「縄文体験をしよう(アンギン編み)」でした。縄文時代の衣食住を学習した後、衣服の編み方(アンギン編み・網代編み)を体験しました。

▼アンギン・網代編み

できあがった作品

 
 
▼アンギン編み

アンギン

▼網代編み

網代編み

 

▼アンギン編み風景
 

あんぎん編み風景

▼アンギン編み風景

アンギン編み風景


▼網代編み風景

網代編み風景

                  

縄文時代のくらし

 縄文時代の人々はどんなくらしをしたのでしょう?その「居」「食」「住」について考えてみましょう。

縄文時代っていつなの?

 縄文時代は、今からおよそ12,000年前から2,500年前まで、約10,000年間も続いた長い時代です。縄文土器が使用された時代をいいます、この土器は、表面にひもをころがしたり、押し付けたりしてつけた縄目の文様が多いことから、このように呼ばれています。竪穴式住居などに住み、弓矢で狩猟したり、銛・釣針を使って漁をしたり、貝を食べ貝塚を残したりしています。道具として、さまざまな形の石器を作って利用していました。また、樹皮、蔓など植物性の材料を加工して服や籠を作ったりもしました。

縄文人ってどんなところにすんでいたの?

 主に、半地下式の家、竪穴式住居に住んでいたようです。冬は暖かく、夏は涼しいのが特徴です。住居の床は、地面より50cmほどの深さに掘りさげられ、ふみかためてあります。ふつうは直径が4~5mのまるい形や四角い形で、柱をたてた穴があります。中央には土の焼けた部分があり、火を燃やした炉の跡であることがわかります。柱に細い木を縦横にむすびつけて、家を組みたて、屋根には木の枝や草の葉を使ったとおもわれます。ほかにも、岩山や海岸にある洞穴(ほら穴)に住んでいる人々もいました。

縄文人はどんな服を着ていたの?

 東日本の遺跡からは、縄文人の服の一部と思われる編みもの、アンギン(編布)が発見されています。アンギンはカラムシやイラクサ、アカソなどの植物の繊維を使って作られました。編み方はもじり編みといわれる方法で、縦糸と横糸をからませて作る簡素なものです。実際に着ていた服は、土の中でくさってしまって、今では見ることはできません。でも土偶という、当時の人々が土で作った人形などから、想像することができます。

縄文人は何を食べて暮らしていたの?

 人は昔からいろいろなものを食べていました。中でも、縄文時代の遺跡からイノシシとシカの骨はたくさん発見されていることから、大好物だったのではないかと考えられます。その骨が一部焼けていることもあります。おそらく骨付きの肉を焼いて食べていたのでしょう。また、クルミやクリなどの木の実もまとまって発見されることがあります。きっと縄文人が採集して、食料として保存しておいたものでしょう。魚では、マグロのような大きなものから、イワシのような小さなものまで食べていたようです。貝塚からこれらの魚の骨が発見されたことからわかりました。

<参考文献>

「図解  考古学事典」 東京創元社
「日本列島のルーツ 縄文から弥生へ」 佐倉 朔・乙益 重隆著 ニュートンプレス2001年
玉川学園・大学ホームページ

問い合わせ先

 歴史資料展示室
 電話 092-580-1918
 ファクス 092-573-7791
 メールアドレス furusato@city.onojo.fukuoka.jp
 場所 市役所 新館3階〔〒816-8510 大野城市曙町二丁目2-1


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