平成22年3月のふれあい歴史体験『弥生体験をしよう(土器に文様を描こう)』
3月のふれあい歴史体験は、「弥生体験をしよう(土器に文様を描こう)」でした。土器は時代によって様々な特徴があります。弥生時代の土器の中には文様があるものがあります。弥生時代の人々はどのようにして文様を描いていたのでしょうか。
展示の様子
▲ミニ展示の様子
体験の様子
▲体験の様子
参加者の感想(○こども、●大人)
○貝がらの文様をつけたい。
○文様をつけると形が崩れるから、難しい。
○お絵かきみたいで楽しい。
●昔の人もこういう道具を使って文様をつけていたんですか。
●文様にもいろいろあって、それぞれに意味が込められているのに驚きました。
●小さい子どもの描く絵に似ていますね。純粋だったんでしょうか。
弥生土器の話
弥生土器とは弥生時代に使われていた土器のことです。600度~800度の温度で焼かれた素焼きの土器で、粘土によっては黒っぽいものや白っぽいものもありますが、一般的に赤い色をしています。弥生土器の種類は、貯蔵用の壷、煮炊き用の甕、食べ物を盛る高杯や鉢、壷や甕の蓋などがあります。また、祭礼用の土器も焼かれていました。
弥生土器には文様が描かれているものもあります。文様の種類は多く、ヘラのようなもので描かれたヘラ描き文、記号のようなもの、直線やうずまき、鹿・建物・人物・鳥などの装飾文様などがあります。大野城市では発見されていませんが、弥生土器に最も多く描かれた文様のひとつが鹿の文様です。当時の人々は、鹿の角が毎年生え変わることから、生まれ変わる動物として神聖視していたと考えられています。また、食料を貯蔵する高床式建物や、神殿とみられる建物も多く画材として選ばれていることから、生活の中で重要だと考えられていたものが土器に描かれていたようです。文様には、弥生時代の人々の精神世界が反映されていると考えられます。


▲文様の例
大野城市の弥生時代の遺跡
大野城市には弥生時代の遺跡が数多くあります。主な遺跡は、仲島遺跡(仲畑2~3丁目~井相田2丁目)、森園遺跡(もりぞのいせき:川久保3丁目 九州電力の中変電所構内とその西側斜面)、中・寺尾遺跡、塚口遺跡、ヒケシマ遺跡(以上中)、榎町遺跡(えのきまちいせき:上筒井)、村下遺跡(筒井1~2丁目)、石勺遺跡(こくじゃくいせき:瓦田 市役所周辺)です。これらの遺跡から発見された遺物も展示室に展示していますので、ぜひご来室ください。











