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平成21年6月のふれあい歴史体験「七夕飾りを作ろう」

 平成21年6月のふれあい歴史体験は「七夕飾りをつくろう」でした。七夕の由来や織姫と彦星が年に1度しか会えなくなった理由などを学びながら、みんなで七夕飾りを作りました。参加された方々の中には、「楽しくて思ったよりもたくさん飾りをつくりました。」という方が多くいました。家の中に飾れる位の大きさの笹のお土産を用意していましたが、最初は小さめを希望していた方でも、たくさん飾りを作ったために大きな笹を持ち帰る方がほとんどでした。参加者された54名のみなさんは自分サイズの笹を持ち帰りました。


展示の様子

作業台の様子
▲作業台の様子

展示の様子

▲展示風景


飾りを飾る前の笹

▲まだ何も飾っていない状態の笹

作業の様子

 会場には折り紙で折った飾りの見本を展示して、自分たちの好きな飾りを作ってもらいました。

教本いろいろ
▲職員が作成した折り方の教本

 

 折り紙を折っている様子  折り紙を折っている様子

折り紙を折る様子   折り紙を折る様子

▲職員が作った折り紙の教本を見ながら一生懸命に折っています。

 

 笹に短冊を飾っている様子 笹に短冊を飾っている様子 

 笹に飾りをつけている様子  笹に飾りをつけている様子

▲願い事を書いた短冊を笹に飾っています。

 

飾り付けの終わった笹
▲飾り付けの完成した笹

 

お土産用の笹と飾り

 お土産用の笹

笹に飾りを施した様子 

 

参加者の感想


(大人)
七夕の音楽が流れていて、七夕の雰囲気が充分に味わえて楽しいです。
マンション住まいだと笹を飾ることができないけど、これくらいのおおきさの笹なら家の中に飾れます。
最初は子どもだけが作ればいいと思っていましたが、実際折り紙を折るのが楽しくて子どもより夢中になりました。
普通の折り紙の本に載っていないような飾りがたくさんあって、楽しかったです。
手作りの折り方の教本がわかりやすかったです。


(子ども)
楽しかった。
簡単だった。
願い事は恥ずかしいので、家に帰って書く。
七夕の歌を知っているので、一緒に歌った。
家で大きな笹を飾りたい。


七夕のお話


 七夕のお話で、みなさんがすぐに思い浮かぶのは、
「天の国に、天帝の娘である織女(織姫)と牽牛(彦星)という働き者の若者がいました。織女は織物が得意で、牽牛は牛飼いでした。そんな二人を見て、天帝は天の国がもっともっと栄えるように、二人を結婚させることにしました。しかし、結婚してしまったとたんに、二人は一向に仕事に精を出さなくなってしまいました。そんな二人を見て怒った天帝は、真面目に仕事をするなら年に1度だけ会わせよう。といって二人を引き離してしまいました。」
というお話ではないでしょうか。
 しかし、このお話は中国に伝わるお話です。牽牛星(鷲座のアルタイル)は中国では古くから農時を知る基準にしていた星で、そこから牽牛が牛飼いという話になったと考えられます。また、職女星(琴座のベガ)には、養蚕や糸・針の仕事を司る星とする信仰が古くからありました。こういった経緯で、お話の中での織姫と彦星の役割が決まってきたのです。
 中国で七夕の行事が始まったのは、5世紀以前と言われています。唐の時代には乞巧奠(きこうでん)という行事や伝説があることが知られています。乞巧奠という行事は、7月7日の年に1度だけ牽牛と織女が会うことができるという伝説に基づいて、女性が裁縫が上手になりますように。とお願いするお祭りです。
日本で七夕の行事が始まるのは、中国から平安時代頃に伝わった乞巧奠が宮中で行われるようになってからです。しかし、平安時代の優雅な風習が衰退し、中世には宮中で行われていた乞巧奠の作法が簡素化し、室町時代になると梶の葉に歌を記したり、家庭的な行事が多く見受けられるようになります。その後、江戸時代になると笹竹を用いるようになるのですが、この風習が現在まで続いているのです。


七夕とは


 七夕とは五節供のなかの一つで、旧暦の7月7日の夜のことです。今年の旧暦の7月7日は8月26日にあたります。節供とは年間の節目となる年中行事のことを言います。古くは節日(せちにち)といって、節とは竹の節のように年間のところどころにあって、生活の句読点の役目を果たしています。おせち料理などに今もこの言葉は残っています。節供は節日に供える供御(くご:飲食物の敬語)の意味で、節の日には特別の食べ物を伴うことから、節日の意味にも使われるようになり、近世には節句とも書くようになりました。江戸時代に制定された五節供には正月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕(しちせき)、9月9日の重陽(ちょうよう)があります。これらは、今では七草、桃・菖蒲の節供、七夕、菊の節供と言われるようになりました。


七夕をたなばたと呼ぶ理由


 日本には棚機つ女(たなばたつめ)信仰がありました。棚機つ女とは機織に神が降りてくるのを待ち、一夜を紙と共に過ごす聖なる乙女のことを指します。また、この信仰では神が降りてきた翌日、神が帰るのを送るに際して、村人は禊(みそぎ)を行い、あるいは帰っていく神にけがれを持ち去ってもらうということが行われていました。このような日本古来の信仰と、中国の乞巧奠が混在して、七夕という行事になったといわれています。七日の夕方に行われるので、七夕という漢字が使われ、また、棚機つ女より「たなばた」と読むようになりました。
おわりに
 日本ならではの七夕のお話も残っています。みなさんぜひ調べてみてください。
 

 

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 電話 092-580-1918
 ファクス 092-573-7791
 メールアドレス furusato@city.onojo.fukuoka.jp
 場所 市役所 新館3階〔〒816-8510 大野城市曙町二丁目2-1


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