韓国の古代山城
前回は、特別史跡大野城跡の構造や機能を紹介しました。大野城は百済の亡命貴族の指導を受けて築造され、朝鮮式山城と言われていますが、今回は本家ともいうべき朝鮮半島の山城を紹介し、日本のものと比べてみましょう。
まず、数が圧倒的に違います。日本では神籠石系山城を含めても確実に分かっているのは22、未発見のものを含めても30ぐらいしかありませんが、朝鮮半島では2,000カ所あると言われ、分布は全域に及んでいます。日本の場合は数が少ないだけでなく、場所も西日本に限られ、中でも北部九州に14、瀬戸内海沿いに7、近畿に1と、片寄った分布状態です。
次に大きさを比べてみましょう。意外なことにこれは日本のほうが大きい場合が多いようです。日本では土塁の延長など城の周りが2,000メートルを超えるものが普通ですが、韓国では1000メートル以下のものがほとんどで、700メートル以下の城が8割を占めます。韓国の研究者の分類によると、超大型の山城として城周りが6,951メートルの高句麗の丸都山城、6,500メートルの百済の青山山城、3,600メートルの新羅の明活山城などがあり、次に大型山城としては、城周りが2,200メートルで、大野城のモデルとなったといわれている扶余の扶蘇山城、約2,400メートルの新羅の首都慶州にある月城などを挙げています。これに比べて、大野城の土塁の延長は約6,500メートル、北と南の二重になっている部分を含めると8,600メートルの長さとなっています。
次に、城壁の構造に注目してみましょう。朝鮮半島では高句麗や新羅の城に方形の突出部が多く見られます。百済では少ないようですが、日本では岡山県の鬼ノ城で見つかっていて、香川県の屋嶋城や対馬の金田城でもその可能性があるといわれています。鬼ノ城ではコーナーの部分にあって、角桜といわれています。このような構造を丹念に比較研究すれば、日韓の山城の個別の関係を知ることができるようになるかもしれません。まだまだ分からない事が多そうです。(岡山理科大学亀田修一教授の論文を参照しました。)
◆復元された鬼ノ城の角桜と西門(岡山県総社市) ◆扶蘇山城跡(韓国・扶余邑)
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